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灰色の棚

適当な話を適当に書くので、適当に見ていってください

死んでから始まる何かも、あるのかもしれない。そこにその人がいなくとも。

考えた 考えた-思索


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私の中には、死は終わりというイメージがあった。
生まれた時がスタートで、死がゴール。そんなイメージが。

生きている人を主に見れば、そうだと、今でも思う。
だが、その人と周りの全てという広い範囲で見てみると、どうだろう。
死んで始まるものも何かあるのではないだろうか。

死とそれから始まること、について考えてみたい。

死んでしまったら終わるもの

死んでしまって終わるもの、それはその人の創造かと思う。
死んでから作り出すことは、きっと出来ない。死んでから発見されることがあっても、それは生きているうちに作ったものだ。

人の作り出すものは、その人の死によって決定的に止まる。
後を継ぐ人がいても、最初の人だけの創造物では、もうない。

死んでなお始まる可能性のあるもの

死んでから始まる可能性のあるものは、他人からの何かだと思う。
例えば、評価とか。没後何年もたってから評価された人は結構いる。

あとは、影響だ。死んでいても、影響は与えられる。それは始まりと呼べないだろうか。
現代にも、モーツァルトの音楽を聞いて、作曲を始める人がいるかもしれない。それは始まりではないだろうか。

死んでいても、何かが残っていれば。そこから何かが始まるかもしれない。

死んでも何かを残したい

私が今死んだとして、なにか残るかと考えた時、おそらく何も残らないと思う。
家族や友人の心のなかに残ったとしても、目に見える形としては何も残らないだろう。

私は、それが嫌だ。

100年前も 100年後も
私がいないことでは同じ
同じことなのに
生きていたことが帳消しになるかと思えば淋しい
永久欠番/中島みゆき

こんな詩がある。歌もあるので、カラオケでも歌える。というかさっき歌った。
私は、私が生きていたことを帳消しにしたくない。

100年後に私が生きていたことが残っている状態を作る。
これが私の野望だ。確認はできないけど、その可能性が高い状況を作ってから、死にたい。

何かが残っていれば、生きていなくとも何かが始まるかもしれない。
それは、すごいことだと思うから。私は私が生きた何かを残したい。


死んでから始まる何かも、あるのかもしれない。そこにその人がいなくとも。
何かが、あれば。その人が行きた証が。その人の残した何かが、残っていれば。

あなたは何かを残したいと思いますか? 残せる何かは、ありますか?