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灰色の棚

適当な話を適当に書くので、適当に見ていってください

自分が興味無い・嫌いなことも馬鹿にする必要はないよね

考えた 考えた-思索


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 今日はクライマックスシリーズをやっているらしいですが、野球にこれっぽっちも興味が無いのでどうでもいい感じな瞬希です。

 私は野球に興味が無いのでまったくもってどうでもいいんですが、だからといって野球のことを馬鹿にする気はさらさらありません。野球好きの人のこともです。

 自分が興味ない・嫌いなことについてばかにすることについて考えてみました。いってみよー。

されて嫌なことはしない

 私は、自分が好きなことを馬鹿にされたら嫌な気持ちがします。自分の大切だと思うものを否定されるのは嫌です。

 だから、人の大切にしているもの、好きなものを馬鹿にしたくありません。


 そして、人の趣味はそれぞれです。世の中にあるどんなものも、好きな人はきっと居ます。

 例えばみんなに嫌われているイメージのゴキブリだって、好きな人・研究している人・飼っている人、いますよね。そんな風に、なんだって好きな人はいると思います。

 なので、何かを馬鹿にする行為は基本的にしたくないです。意識せずやってしまうこともあるかもですが、基本的にはしないようにしています。

無知をさらけ出す行為

 自分が知らないことを馬鹿にするというのは、自分の無知をさらけ出す行為だとも思います。嫌いなことを馬鹿にすることも、その何かの良い点を知らないということを喧伝しているだけに思います。


 私は、自分が何でも知っているとは思っていません。無知だと思っています。

 ですが、その無知を誇れるものとも思っていません。恥じるべきことだという意識があり、出すだけの理由がないならば隠していたいです。


 そんな理由からも、自分が知らない・嫌いなことを馬鹿にするという行為はしたくないですし、しないほうがいいことだと考えています。

こだわりがない人にはなりたくない

 ここまで書いて、反論できそうな点を考えました。

 そして、「好きなことを馬鹿にされても全然気にならないし」という意見がありうるかなという気がしました。


 ですが、私はそれも嫌です。好きな度合いというのは、こだわりの度合いだと思います。自分が好きなことを馬鹿にされて怒らないというのは、こだわりがないということに思えます。

 馬鹿にされて怒らない程度にしか物事を好きにならない人に、私はなりたくありません。好きなことはとことん好きでいたいし、それを馬鹿にされたら怒りたいです。


 好きな人、というのでも一緒だと思います。自分の好きな人を馬鹿にされても怒らない人間には、私はなりたくありません。

 だから、人を馬鹿にすることもしたくありません。自分が馬鹿にした人は、誰かの好きな人だからです。怒られるのも嫌だし、自分がされて嫌なことをしないということにも反します。


 自分の好きなものを馬鹿にされても怒らない人にはなりたくないし、自分が怒らないから他人も怒らないはずだと何かを馬鹿にしたくもないと思います。

自分が好きなことを好きでない人も馬鹿にしない

 そもそも何かを馬鹿にするという行為が好きでないんだなと思います。百害あって一利なしに思えますし。

 あとは、自分が好きなことをどうでもいいと思う人のことを、馬鹿にするのもどうかと思います。


 最初に言ったように、私は野球に興味がありません。同様に、サッカーにもバスケにもバレーにも相撲にも、興味ありません。日本が勝ったとかいう話を聞けば「そうなんだー」と思いますが、そのくらいです。

 テレビに出てる芸能人とかにも興味ないです。「好みのタイプ、芸能人でいうと誰?」とか聞かれても、芸能人を知りません。それで困ることもなくはないんですが、今のところよく知りたいとも思っていません。


 そんな感じだと、わりと人と話が合わず異常扱いというか、馬鹿にされます。

 知ってて当然のことを知らない、興味があって当然のことに興味が無いなんておかしい、という考えだと思いますが、馬鹿にされていい気持ちもしません。


 私は「当然」ということに疑問を持つことが多いです。普通って、誰が決めるんでしょうか。過半数なら普通でしょうか。9割の人が知っていれば当然でしょうか。

 結局、「当然のことを~」と人を馬鹿にすることは、自分のものさしで他人を測って勝手に貶めているだけに思えます。だから気にする必要はないといえる気もしてきましたが……。

 私は、無意識にそのようなことをしていたら、やめていきたいです。一歩下がってみれば、すごく愚かで恥ずかしい行為だと思うからです。


 まぁ、そういう「愚か」「恥ずかしい」というのも私のものさしでしか無いと言えなくはないんですけどね。

 私の美意識では綺麗でないと思えるので、やりたくないと思います。

馬鹿にするという行為が愚かなんだな

 考えながらだらだらーっと書いてきましたが、「馬鹿にする」という行為がすでに愚かなのだなと思いました。

 タイトルでは「自分が興味ない・嫌なこと」に限ったけど、そうじゃないと。なんだって馬鹿にするやつが馬鹿なんですよね。


 馬鹿って言ったら自分が馬鹿、というのはそういうことかなと思いました。私は「馬鹿という言葉にはいろいろな意味が含まれているし、言葉を否定することはない」と思っている人で、結局は使い方だろうと思っていますが、馬鹿にする行為・態度のことならばそのとおりだなと思います。

 自分が好きなことに「私はどうでもいい」という態度をとられると、好きなあまり相手を馬鹿にしたくなりそうですが、そうはありたくないなと考えました。

おわりに

 私が「天邪鬼だけど細かなことを気にするタイプ」だから「大多数と同じようにやらないくせに馬鹿にされるのが嫌い」、というのがこの記事の根底にある気がします。

 この記事の意味は、「嫌いだからやらないでよ、意味無いでしょ」とも捉えられそうです。そうじゃなくて、「私は嫌いだからしたくないし、する意味があるとも思えない」というのが本当のところですが。

 まぁ、捉えられ方は様々だと思いますので、どう見るかは人それぞれでしょうけどね。


 この記事を書き始めようと思ったきっかけは、「野球やってるみたいだけどどうでもいいな―」と思って「どうでもいいって書くと怒られるのかなー」って思って「興味が無いけど馬鹿にしているわけじゃないんだけどなー」って思ったことです。

 最初の発想からちょっと離れたところからスタートして、結局話の中で戻ってきた感じですね。


 ま、そんな感じで「どうでもいいと思うことでも馬鹿にする気はないです、だから私の好きなことも馬鹿にしないで欲しいです」という感じも含んだ記事でした。

 話を広げた気はないけど、長くなって薄まっちゃったかなという気もしますが。

 まぁ、そんな感じで今回はここまで。おわり!