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灰色の棚

適当な話を適当に書くので、適当に見ていってください

マラソン大会の思い出。ここまで苦いとは思ってなかった、遠い過去のこと。

自分のこと 自分のこと-過去


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 はてなブログのグループにこういうところがあってこのブログも参加しているのだけど、今日パラパラと見ていたらきれいな文章でほっこりさせられる記事を見つけた。内容でも思い起こされることがあったので私も書きたいなと思い、記事にすることにした。


 その記事は、

 これ。


 グループは感想を書いてもらえると喜びますというものだが、感想は掘り下げず、私の自分語りをさせてもらいたいと思う。マラソン大会の思い出だ。

 小学6年生の頃の話だから、2000年くらいか。もう14年も前のこと。書いてみたい。

(追記:書いてみたら思った以上にネガティブっぽくて長い文になったから、他人の体験・感覚に興味が無い人は読まないほうがいいかもしれない)

マラソン大会の思い出

 私はマラソンが大の苦手だった。12歳の当時、水泳を7年くらいしているくせに体力が全然なく、短距離ならまだしも長距離走はどうしようもなく遅かった。

 身長はそこそこだけど体重はクラス内でもトップクラスに軽い方。だけど、体重の重い運動嫌いの子といつもビリ付近を走っていた。


 小学校では年に1回、冬場にマラソン大会があって、私は嫌で嫌で仕方がなかった。大会までに順位を出しつつ走る練習は何度もあったけど、ほとんどが後ろから10番以内。学年は140人くらい居たはずだから、それはそれは遅かった。

 まぁ、勝ちたいという思いもなかったし練習する気もなかったから、順位自体には納得していた。けど、単純に走るのが嫌いで、冬場はすごく憂鬱だった。


 小学6年生のマラソン大会。最後のマラソン大会でも、私は後ろから一桁の順位だったように思う。少なくとも、いい結果ではなかった。

 けど、その大会だけはすごく印象に残っている。終わった後に、こんな順位をとってと怒られたからだ。悔しさも見せずと貶されたからだ。


 私は基本的に運動はダメだったが、代わりのように勉強はできた。たまに反発もしたけど、先生うけも悪くなかったと思う。塾だとか家庭教師だとかは存在も知らないレベルだったが、小学校のテストで満点以外を見た記憶はほとんど(漢字の小テストだけは苦手だった)無いし、通知表とかだって3段階評価の真ん中が数個、残り全部一番上とかしか見たことがなかった。

 でも、小学校の初めからそんな感じだったので、それが当たり前で。妹も勉強がすごくできたので(後々抜かれる事になる)比較対象がほぼなかったのもあり、それが普通としか見られていないと感じていた。

 だからだろう。実際のところは記憶の抜けもあるので分からないが、勉強や生活面で褒められた記憶は殆どない。満点以上の結果は出しようがなく、どうすれば褒められるのか見当もつかなかった。


 きっと、運動ができる子どもであることが望まれていたんだろうなと思う。活発で、子どもらしい子どもであることが。

 今でこそこんなダメ人間になってしまっているが、子ども時代は本当に「いい子」だったと思う。言われたことをきちんとすることと気を利かせることに必死で、駄々をこねたり突飛な行動ができる他の子が羨ましかった。

 マラソンのことで怒った人とは別の人にだが「子どもらしくない」と言われてひどく傷ついた事もあった。私が子どもらしい子どもでいられなかったのは、褒めてほしいから、望まれていると思ったからだったから。そうあれと育てられたと思っていたからだったから。


 マラソン大会の後に怒られたことは、私の小学校時代の頑張りを全て無に返すような出来事に感じられた。私が考えていたことは間違っていたんだろうなと。もしくは、もっともっともっともっと頑張らないといけなかったんだろうなと。そしてそれは厳しいなと。

 私が勝つことにさほど興味を示さないのは、相手がいることだからだ。私が勝って喜ぶ時、誰かが負けて悲しむだろうと思うからだ。そして、優しくあることが褒めてもらえる可能性のあることだからだ。

 練習をしようとしなかったのは、その発想がなかったからだ。大会は自分の力を測るものであり、それのために何かするものだという認識がなかったからだ。良い結果をそれほど求められるとも思わなかったからだ。

 結果から言えば、間違っていたのだろう。きっと、勝った後に負けた人に手を伸ばすような優しさを求められ、良い結果は重要だったのだ。怒られ、貶されて。失敗したんだなぁと思った。


 今になって考えると、私は怒られることが下手過ぎたし、褒められることを求めすぎていたと思う。人目を気にしすぎたし、自分を殺しすぎたと思う。

 窮屈な思いを誰にも見せずに抱き続けて、傷つくことを避け続けて。そうやって膨らみに膨らんだ風船に、針を一突きされたような。どうしようもない一撃だった。


 その後、中学に上がってもそう簡単に生き方を変えることなんて出来なくて、ずっと苦しんだ。ただでさえ首が回らない状態だったのに、年を経るごとにどんどん窮屈になっていって、行き場を失った。

 怒られたことが全ての原因だとか、誰かが絶対的に悪いとか、そう思っているわけじゃない。きっと、何かが致命的に噛み合わなかっただけで、誰も悪くなかったのだと。

 でも、小学6年生のマラソン大会の後のことは、印象的な出来事だった。「嫌な感じの記憶があるな」としか思っていなかったのに、書き始めたらこんな長文になってしまうくらいには。自分でも驚いている。


 私のマラソン大会の思い出。思い出すといろんな感情が吹き出す、思ってた以上に苦い思い出。

 思い出して、書いてみて、さすがにそろそろ整理できただろうか。倍以上生きても引きずっていたかもしれないそれを、そろそろ下ろすことができるだろうか。

 こんなに長文に、しかもネガテイブに書く気はなかったのだけど。こうなってしまった。

おわりに

 私が今現在うまくいっていないことは、私のせいだと思う。これは誰にも渡す気がない。誰かに押し付けて生きるくらいなら、抱えて死ぬくらいの気持ちだ。

 上に書いたことは、あくまでも過去のこと。あんなこともあったなぁと。あの頃は頑張っていたんだけどなぁと。ただそれだけのこと。


 きれいな文章を見て、ほっこりさせてもらって、それに言及する形でこの記事を出すことを申し訳なくも思うけど、このまま飲み込むのはきつそうだから出してしまいたいと思う。

 私にとって書いて出すことは、考えをまとめて放り投げるという面があって。人に向かって投げつけているわけでなく、虚空に向かって放り投げているイメージで。そうすると自分から少しだけ切り離すことができる。

 それで誰かからリアクションをもらったりすれば、少し客観的な感じで自分の文章を再読できる。だから、出したいと思う。


 ネガティブなのはこの記事の内容か、はたまた私の現在の状態か。判断がつかないが、まぁ出しちゃおう。嫌な気持ちがした人がいたら、ごめんなさい。

 という感じで今回はここまで。おわり!