ブログの力なんてほとんど無い。それは言葉の力で、人の力だろう。
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この記事を読んだ。ブコメも覗いてみた。そして、「ブログ自体が力を持っているわけじゃないのでは」と思ったので、思ったことを書いてみたい。
記事を読んで
まず記事の感想から入ると、確かにそうだなと思うところが非常に多かった。上で否定的な言葉を挙げたけど、記事内容を否定する気は全くない。
特に、
ブログをどう使うか。ブログも道具で、使い方次第です。どう使うかで、変わってきます。
この部分。とても共感できて、私の考えとも近いと感じた。というか、おそらく今書いているこの記事の結論はこれだと思う。
ブログで人を幸せにできるか
私はこの問いには「できるでしょ」と思う。「万人を」とか付けなければ、十分に可能だろうと。
でも、別にそれは「ブログだから」でもないし「ブログの力によって」じゃない。人が幸せを感じるきっかけなんて、なんでもいいと思うからだ。
すれ違った人の挨拶が気持ちよくて「いいな」と思うかもしれないし、町中でふと耳にした音楽で笑顔になることだってあるかもしれない、世の中の多くのことは「幸せのきっかけ」になり得て、ブログだって特別でもなんでもなくその一つだろうと思う。
ブログの力?
実は記事中には「ブログの力」という言葉が出てこないことを、書き始めて気づいた。内容の方向性と近いようにみえるブコメがあって、その印象が強かったのだろうと思う。
私はこの「ブログの力」には懐疑的だ。
結局は定義の問題でもあると思うので、言葉の使い方によっては「ある」のだろう。でも、それは「ブログだから」存在する特別な力なのかと考えると、どうなのだろうか。
ブログは言葉の集まりだと思う。言葉は人の思考が紡がれたものだと思う。ブログが人の何かを動かしたとすれば、それはブログにあった言葉が、場合によっては音や画像かもしれないが、そのコンテンツが影響したのではないだろうか。
もちろん、それをブログという形式で出したのだから、ブログの力と言って間違いではないかもしれない。だが、それは「ブログだから」のことでは無い気がする。ブログを特別視して「すごいもの」のように扱う必要はないように思う。
ブログは道具だ
そして、上で引用した言葉が結論だろうという話につながる。
ブログは道具だ。何かをするための。目的を達成するための道具。
確かに面白いと思うし、使いやすいかもしれないし、力があるようにみえるかもしれない。だが結局はどう使うかであって、ブログを作った瞬間に何かが発生するわけじゃない。
過度な期待を持って始めて「なんだ人来ないじゃん」となったり、「すごいもの」と思って変にハードルを上げる必要はないだろう。
ブログなんて、ただの道具。誰がどう使ってもいい。うまく使えば面白いことが出来るかも知れないし、人を傷つけるために使えば凶器にだってなりうるだろう。
自分のやっていることを持ち上げたくなる時というのはあるし、それが悪いとも思わない。だけど私は、「ブログの力ってすごい」に違和感を覚えた。
おわりに
何点か補足して終わりにしたいと思う。
まず、この記事に書いたことは「私がなんとなく思ったこと」であって「誰かを攻撃したくて書いたもの」ではないということだ。誰がどう思っても構わないと思う。私がどう思ってもいいよねと、それを書いてもいいでしょと思って書いた。
あとは、タイトルなどにある「言葉」という言葉だが、これは場合によっては音だったり画像だったりすると思う。置き換えても特に意味は変わらないと思うので、思い浮かべたブログに合うもので考えて欲しい。くどくならない言葉選びと文字数の問題でこの表記になったというだけだ。
今回、言及をしたのは、
このグループの存在を思い出して読んでいて、書いてみたいなと思ったから。うちは最近言及されないけど、自分からもしていないし、久々に何か言及とかしたいなと思ったのもある。
私は「ブログの力」はほとんど無いと思うが、「ブログの可能性」はあると信じている。それが「ブログだから」できることかは分からないけど、まだ見えていないブログのポテンシャルはきっとあるはずだ。
「ブログの力」なんて無いから、肩肘を貼る必要はない。そして、「ブログの力」なんて無くても、ブログは面白い。
そんなところで、今回はここまで。おわり!