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灰色の棚

適当な話を適当に書くので、適当に見ていってください

どうでもいい自分


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 タイトルは「どうでもいい記事を消したい自分と、どうでもいい記事を書きたい自分」を省略したものです。ならそう書けや。
 ってところまでが一セットなネタですこんばんは、瞬希です。

 結局書きたいことは何なのかと考えると、何かが書きたいのではなくブログの記事が書きたい。要するに手段が目的となっている状態だと認識できます。
 まぁ、ことブログにおいてはそれが特別悪いことだとも思わないので(趣味で書いてるものだし)、適当に突っ走りますが。

 ここまでで分かっていただけると思いますが、内容とか意味とか、全然無い可能性が高い記事です。
 と言ってもまだ何を書くか決めてないので、最終的に超名文が出来上がる可能性も……ないかな。

 では、いってみます。適当にGO!

どうでもいい記事を消したい自分

 さっき、約80日ぶりにこのブログに記事を投稿したんですが、その投稿前に「過去記事をガッツリ整理しようかなー」と思いました。
 結果的にはほとんど消さなかったのですが、一旦は消そうかと思いました。

 その時に消すかどうかの基準にしようとしたのは、「どうでもいいかどうか」という感じのもの。すごくザックリしていて感覚的なものですが、やれブログを始めたとか、一日に何記事書いたとか、そういうの要らないかなと思いました。

 ですが、消しませんでした。なぜか。私が作りたいのは「役に立つことばかりあるブログ」ではないなと思ったからです。
 雑多な情報の中に、たまにキラっと光るものがあるような気がする。無いかもしれない。きっとあるはず。そんなブログを目指していたのではなかったかと思い、消しませんでした。

 消したい気持ちも0になったわけじゃないけど、とりあえず落ち着いているので、当分消す予定はありません。

どうでもいい記事を書きたい自分

 このブログ、放っておくというか適当に書いていると、なんかちょっと真面目っぽい、あーだこーだ言ってるだけの記事ばかりになります。
 私としてはわりと真剣に考えているけど、人が読んだら当たり前だったり、些細な事だったりって感じみたいな記事が増えます。とりあえず私基準ではそんなに面白く無いかなぁという記事が増えます。

 面白い記事だけを狙って打っていく気もないので、そんなに面白く無い考えを書いた記事がある事自体はいいと思ってます。ですが、そればかりなのはちょっと嫌です。
 真面目:不真面目=2:8くらいでいきたい。面白い:面白くない=3:7くらいが理想です。

 現状はそうなっていない気がしているので、バランスを取りたい。ということで、たまには誰がどう見てもどうでもいい記事を書きたいと思います。

どうでもいい自分

 ブログとかマジどうでもいい。という自分がいます。人様のブログに関してはわりとそういう感じです。どうでもいいってのは悪い意味でなくて、「こうあらねばならない」ではないよねって意味です。うん、マジどうでもいい、だけじゃ伝わりそうにないですね。まぁそういうことです。

 ブログはこういうのがいい。という自分もいます。自分のブログに関してはわりとそうです。理想を求めるといいますか、こんなブログにしたいなーという目標みたいな何かがあります。まぁ、それ自体は悪いことじゃないと思うし、別に好きにしますよって感じです。

 ブログの書き方や内容を「どうでもいい」と思うとわりと極端な針の振れ方をしそうで、抑えようとしている自分がいるようです。極端になってもいいかなーという気もするけど、変に荒れるのも嫌ですしね。私は心穏やかにブログをやりたいのです。その上である程度好き勝手書きたいのです。

私ってどんな人?

 おそらく、多くの人から読まれるブログを作りたければ、思ったことを書き続けて針の動きを大きく極端にしたほうがいいのだと思います。嫌われるけど、読まれる。そういうブログにしたければそうだろうと。
 嫌われるのはどうでもいいとして、そうした方がやりたいことができる、書きたいことが書けるという人もいると思います。それもいいなと思います。

 ですが、私はきっと、罵倒にしか見えないものに囲まれたら凹むだろうなと思います。好きに書くことと、凹む状況になること、それらがぶつかったらきついだろうなと。なので、適当なバランスを維持できないかなーと思います。

 そのために、「極端な人ではない」と見られる状況を作りたいです。この人は間違うこともあるけど、諭してみていいかもしれない、と思われたいです。
 記事を見るとき、その人が見られている時もあるかなと思います。同じことを言ってても、ある人ならボコボコに叩かれて、ある人なら優しく諭される、みたいな。その記事だけを見てきつい言葉を投げかけられることもあるし絶対じゃないけど、知っている人からの反応は変わってくるのではないかと思います。

 そう簡単じゃないし、うまくいくとは限らないし、うまくいかない可能性のほうが高いし、状況によっては人の印象なんて簡単にひっくり返るだろうし、難しいとは思います。
 でも、私はそうしたいので、そうします。

逸れてきた?

 話が逸れてきた気もするし、逸れてない気もしますね。まぁいいか。
 とりあえず、このブログの「どうでもいい記事」は「私ってこんな人」というのを示そうという試みの一つ、だと思います。

 そこから何を読み取られるかは正直わからないです。ですが、言いたいことしか書いてない人よりも、なんか日常的な適当なことも書いている人のほうが、ちょっとは身近かなぁと。
 見当違いかもしれませんけどね。私はそういう記事がわりと好きなので(読み飛ばしますが)、バランスバランスと思いながら書いてます。

おわりに

 私がまだまだ未熟な人間だからか、考えがはっきりまとまることが少ないです。あぁも思うけど、こうも思う、みたいなことが多いです。こっちも分かるけど、あっちも分かる、とか。白黒はっきりってのが苦手だし、物事を細切れにしてひとつひとつ判断したい人です。

 そんな私が、「自分の中に違った考えが共存している」という状況で、「特定の考えを表面に出す」ことを続けたら。考えたことをことごとく出せば、あっちこっちで矛盾すると思います。矛盾しないように出せば、ひたすら極端な人にしか見えなくなって、実際の自分と乖離します。

 矛盾してもいいけど、おそらくそうなると「信用ならない人」「意味の分からない人」ってなるだろうなと思って、躊躇してます。自分と乖離した状態で叩かれたらダメージが大きそうなので、それも躊躇します。


 という感じで、考えたことをガーッと出したり、適当なことを書いてみたり、分からないことを分からないって言ったり、間違ってるかもって記事中で悩んだり、してます。バシッと答えを決められる人からすると「こいつ何が言いたいの」って感じだと思いますが、本当の自分に近い状態でまともに反応してもらえる状態を維持するための行動です。
 そんなこと考える必要あるのだろうか、とも思いますけどね。でも不安なので、そうなってます。

 タイトルは「どうでもいい自分」でしたが、内容は「どうでもいい(と思えない)自分」って感じですね。考え過ぎ感がありありだ。

 という感じで今回はここまで。おわり!

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