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灰色の棚

適当な話を適当に書くので、適当に見ていってください

数字が身近な人とそうでない人では、感覚にズレがあるかもしれない

考えた 考えた-思索


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 タイトルを読んで「そんなの何だってそうだろ」と思った方もいると思います。私もそう思いますが、とりあえず「数字が身近かどうか」に着目して、いろいろ考えてみたいと思います。

 数字が身近であるというのはどういうことを指すのか、感覚にズレがあるとはどういうことかなど、適当に例を挙げてみたいと思います。


 あ、先に言っておきますがあくまで一例ですので。実体験に基づくので嘘にはならないと思いますが、例が全てでないことは言っておきます!
 
 では、いってみよー。

数字に反応しますか?

 あなたは、

 クルマのナンバープレートを見て四則計算で10を作ろうとしてしまうことがありますか?

 ニュースで子が親を殺害みたいなことが流れた時、とっさに容疑者と被害者の年齢から何歳で産んだ子だなと求めてしまったりしますか?

 道を歩いていて気づくと2の累乗数を考えていたことがありますか?

 数字の集まりを見ると、足したり引いたり、グラフ化したり、割合を求めたりしたくなりますか?

 買い物に行って税抜き表示の品をかごに入れつつ消費税をかけて足していって、レジで合ってたかを確かめることがありますか?


 私の思う「数字に反応する」とはこういうことです。ちなみに全部私のやること、やったことがあることです。

 別に私は数学が好きで好きでという人でもないし、むしろ「数学って道具じゃないの」とか言う人です。ですが、なんとなくこういうことをやってます。半分無意識に、半分遊びで。


 おそらくこの時点で、大なり小なり「あるある」と思った人と、「全く理解できない」という人に分かれるのではと思います。

 ここで「あるある」と思った人が私が考える「数字が身近な人」です。

 そして、そういう数字が身近な人とそうでない人とでは感覚にズレがあるかもしれない、というのが今回考えたことです。

数字を見て頭を働かせるのは楽しい

 数字を見て頭を働かせることで楽しさや満足感を覚えるということが私にはあります。ですがこれ、数字が身近でない人にとっては、理解の外にあることなのではと思います。


 完全どんな数字でもいいのかというと、それは場合によります。ナンバープレートの数字でもいい時もありますが、完全にランダムな数字を並べられてもそれで楽しめるかといえば……まぁ楽しめないこともありそうです。

 でも、そこに意味が少しでもあれば、たいていは楽しめます。きっと個人差がありますが、意味があると思えた数字は見てて楽しい、ということには同意が得られる場合も多いのではと思います。


 そこで一つの例を挙げようと思うのですが、ブログのPVを公開することに意味が無い、みたいな言葉を目にしたことありませんか?

 これって、意味が無いと言う人はきっと「数字が身近でない」人でないかと思うのです。「そんな情報は筆者にしか意味が無い、誰も喜ばない」という流れのものであれば、ですが。


 この「ブログのPV公開」についてだと、「意味がある」派にも「数字が身近な人」と「数字が身近でない人」がいそうです。

 「意味のある数字(このブログの情報だよってこと)が提示されてるって面白いじゃん」という「数字が身近な人」(本人に自覚があるとは限りません)

 「数字の意味を考えること(どうしてそういう結果になったのか)って面白いじゃん」というブログに興味の強い人(数字が身近でない人も含まれると思います)

 と、意味がある派には両方いそうなので「いや、ただ面白いだろ」とはなりづらいと思うのですが、意味がない派は数字が身近でない人だけではと思うのです。だから、「筆者以外が喜ぶ(面白いと思う)はずがない」と思うのではないかなと。


 そういう感じで、ズレが出てくる気がしました。

 今の例は、身近でない人が身近な人を理解できないという面が強い気がしますね。でも、私はPV公開についての言葉を見た時「え、面白いじゃん。なんで喜ばないとか言うの?」と思いましたし、逆もあると思いました。

身近かどうかは外から見てもわからない

 ここまで書きながら思ったのですが、数字が身近かどうかというのはよく言う「理系」「文系」とは、全くとは言わないけど、あんまり関係ないと思います。

 理系文系レベルでなく、数学が好き=数字が身近、とも限らないし(その場合は多いだろうけど)、「あの人は◯◯だから身近なはず、なのに~」みたいなことは誰にも言えないと思います。

 「私は身近な人だと思うけど、」となら言えますけどね。どう続くのかはむしろ聞いてみたい感じです。

おわりに

 数字が身近かどうかということだけに目を向けて考えてみましたが、ぶっちゃけ「自分の目線の外のことは意識しないと見えないかも」ってだけです。

 「私が好き」だから「誰もが好き」とは限らないということ。今さら何をってレベルでよーく言われてることだし、そんなの当たり前だろって言われそうかな。

 まぁ、私は意識してないところでそういう考えを持ってることがありそうだから、軽々しく当たり前だろとは言えませんけどねー。


 当たり前のことの中にも、「あ、確かに」と思うことはある気がします。100人に1人が「あ、確かに」と思ってくれるだけでも、書く意味があるかなーと。

 100人の100人が「当然」と思うことでも、私が「書きたい」と思えば書く意味あるとも思いますけどね。


 考えたこと書いてみました。その話何度目だよ、みたいな例を出したので、部分的に似ている記事は既にありそうな気もします! 私の観測範囲にあったらごめんなさい! パクリじゃないよ、覚えてないから!!

 という感じで今回はここまで。おわり!