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灰色の棚

適当な話を適当に書くので、適当に見ていってください

人の考えにどうこう言うと戦いにならざるを得ない? ならどうすれば?


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 今月は「優しさ」を意識しようと思っているのですが、意識していると細かなところで自分の「攻撃的な面」が出てくることがあるように思えます。

 今回はその中の、人の考えについてどうこう言うこと、について考えてみたいと思います。

 では、いってみよー。

合う考えもあれば、合わない考えもある

 ネットに限った話でもないですが、人の考えというものに触れると「そうだな」と思うこともあれば「そうかなぁ?」と思うこともあります。

 私は人の考えのブログを読むのが好きなので、いろいろ見て回りますが、その中でも「それってどうなんだろう?」とか「いやいや」と思うこと、あります。


 そういう時に、「こういう考え方ってどうなんだろう?」って言うのも悪くはないと思いますし、ちゃんと深まるならばいいことだと思うのです。が、書き方が難しいなと。私が書くと(特にTwitterなどの短文だと)、どうしても読み返した時に攻撃的な文になってる気がするんですよね。

 その考え方をやめるべきだ、と言いたいわけじゃないんだけど、「疑問を呈す」のと「ものを否定する」のを読み分けられるように書けていないように感じて、出した後で「しまったな」と思ったり、出す前に「やめとこう」と消したりします。


 最近は、私は疑問を呈すこと自体をやめておいた方がいいのではないか、と思ったりもしてきています。つい「えー」って書きたくなって出してしまう時もあるけど、基本的には書かないほうがいいのかなぁと。

 攻撃的なことをしたくない、優しい表現を使いたいというのとぶつかる気がするので。言いたいことを言えるようにしたい、というのもあるので、そこから見れば書くべきだし、難しいです。

例:ブログの広告は無くなるべきであるみたいな考えに対して

 ちょくちょく出てくることなので例にあげますが、ブログの広告は無くなるべきだみたいな考え方って一部にあると思います。

 私はこの考え方に全面的には同意できないし、考え始めると疑問がいっぱい出てきます。「無くなるべきとか言うな!」と言いたいんじゃなくて、「本当に無くなるべきなんでしょうか?」って言いたくなるんですね。


 ですが、そこで「広告についていろんな考えがあっていいのではないでしょうか」というのはブーメランになるなと思います。「広告についての考え方についてもいろんな考え方があっていいのでは」と言われたらその通りだと思うからです。

 なので「いろんな考え方があっていいから断定すべきじゃない」って線は一見優しい表現に見えますが、指摘として筋がよくないかなと思います。


 それならば「私はこういう理由で無くなるべきではないと思いますが」はどうかというと、これ言ったら全面戦争ですよね。「こういう理由で無くなるべきではないという考え方もできませんか?」とか「この理由で無くなるべきというのは極端ではありませんか?」も多分戦争だろうなと思います。

 最後の例だと「どういう理由を持っているのか」を正確に知る必要があるけど、それを聞きにいったら穴にはまって泥沼化、というのもよくあるように思います。


 こんな感じに考えていくと、戦争する覚悟がないなら人の考えにどうこう言うべきではないのかな、極端に感じる意見に対して穏やかな意見を提案するのはただのおせっかいなのかな、と思います。

 特に、考えを持った人に対して「なぜ?」と直接聞くとか「おかしくない?」と言う行為は、相手に手袋を投げつける行為なのかもしれないなと。とか書くと、当然だろそんなことって言われそうですが、私の中にはその感覚が無かったんです。

人に直接言うのが戦いにしかならないなら……

 ここまでで、人の考えにどうこう言うのが戦いにしかならないのかもと気づきました。なら、どうするか。人の考えに疑問を呈しに行くのではなく、自分の考えを自分のフィールドで提示するのはどうだろうと考えました。


 例えば上の例だと、「広告無くなるべき」に対して「そうですか?」とか「こうじゃないですか?」って聞いたり提案したのがダメなわけですよね。どこがダメか考えてみると、相手のフィールドに違う考えを投げ込んだのがダメなのかなという気がしました。

 ならば、自分のフィールド(例えばブログとか)で、「私は広告はあっていいと思う!」って書くのはどうだろうと思います。これなら、「あなたの意見に疑問(・意見)があります」でなく「自分はこう思います」という形で、無益な戦いになりづらいのではないかと。

 記事などの書き出しも「○○さんが言ったことは間違っています、なぜならば~」ではなくて「○○さんがこう言ってますが、私はこんなふうに考えました」と書けば、一意見として提示できるのではないかと考えました。

そういえば、そういう記事多いよね

 あまりそういう流れを意識して読んだことがなかったですが、よく思い返してみると意見を出す記事というのって多いですよね。

 私はこれまで、「Twitterだと長文は書きにくい」とか「ストックされづらい」からブログに書いてるのだろう、としか思っていませんでしたが、自分のフィールドに書くという意味もあったのかなと思いました。

 私自身、同じような形で意見的な記事を書いたこともある気がしますが、意図してではなく真似してだったと思うので、初めて気づいた気がします。


 「なんでかな」と思ったら「なんでかな」って書きたくなってしまいますが、一呼吸置いて「私はこう考えるけどな」って自分のフィールドに書くのがいいのか、と。

 これはこれで問題が起きるかもしれませんが、空中リプライで「なんでかなー」って書いたところからぐちゃぐちゃした言い合いに(喧嘩ではない)なったりするよりは良さそうです。

おわりに

 ここに書いたことは、考えてみれば、おそらく多くの人にとって「あたりまえ」のことではないかと思えます。

 そんなの当然、何を今更、と言われそうだなと。でも、私にとっては初めての気づきだったし、特に教わることでもないと思うので気づいてない人もいると思います。

 それに、これを書くことで「それよりももっといい方法がある」と誰かが教えてくれるかもしれない、と思うので出したいと考えました。


 疑問を持ったら気になるというのは、悪いことだとは思わないけど、それだけじゃダメだなと思いました。

 意見をいう、質問をする、というのは相手に作用することなので、どうしてもそこに摩擦が生じる可能性が高いですよね。ならば、どうしても必要な時以外はそれを避け、自分の意見を出すことで柔らかに探る。という方法を身につける必要があるのではないかと。


 もっとこうすればいいんだよ、みたいなのありそうな気もするので、良かったら教えて下さい!

 人の意見に「うーん」と思った時にどうすればいいか考えてみた話でした。おわり!