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灰色の棚

適当な話を適当に書くので、適当に見ていってください

自分を叱ってくれる友達の大切さ

自分のこと 自分のこと-現在


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 友達と一言でいっても、色々な繋がりがあると思います。

 

 愚痴をはけたり、馬鹿ができたり、相談したり、ライバルだったり、いろいろです。

 

 私にも友達、親友と言える友がいて、私が立ち止まっているとき、叱ろうとしてくれます。

 

 それがどれ程ありがたいことか、と思ったので、その思いに任せて記事を書いてみたいと思います。ではいってみよー。

 

なかなか叱ることはできない

 叱るということは、対等な立場の場合、叱る側も叱られる側も、難しい立ち位置になると思います。

 対等な関係ならば、忠告にはなっても、叱るということにはそうならないからです。

 

 ですが、場合によってはそうなり得ます。叱られる側があまりに不甲斐ないとき、立ち位置に差がつきすぎている時です。

 

 とはいえ、言う側も簡単には「叱る」ことはできません。そうしてしまえば、立ち位置が変わりかねませんし、反感をかって関係が崩れる可能性もあります。

 

 対等な立場から、叱ることは相当なハードルがあると言っていいでしょう。

 

それでも叱ってくれる友達

 叱るということにはそれだけのハードルがあり、簡単なことではありません。

 

 ですが、私の友達はそれをしてくれます。

 

 まぁ、私があまりにふがいないと言うことでもあるので、単純にありがたいありがたいと言っていていいことではないのですが、それでもそういう友が居ることは、ありがたいことです。

 

 自分が恵まれていることに目を向けつつ、友に感謝しつつ、期待に答えられるよう頑張らないとと思います。

 

友達で居続けること

 叱られることに慣れてしまったら、友達でいられない気がします。

 

 上下関係のある友人関係もあるのでしょうが、私の場合はそれはなしだと思うからです。

 

 なので、この友人関係を続けるためには、不甲斐ない立場を脱却し、対等な関係を築き続けねばなりません。 

 

 自分はそうありたいと思うし、友を失わないためにも、そうあらねばと思います。

 

おわりに

 まず、この記事を書いている今ですが、酔っています。

 

 なかなかに恥ずかしいことを書いている気もしていますが、気にしないことにしました。

 

 恥ずかしい気はするけど、たぶん間違ってないと思います。なので、書きました。

 

 いい友達を持ったこと、もっと頑張らなきゃなことを思いつつ、記事を終わりたいと思います。

 

 あなたに、叱ってくれる友達はいますか?

 居たら、大事にしてください。大切な友達です。

 

 そんなところで、今回はここまで。おわり!